冨田勲さんが逝去 経歴や功績を名曲と共に振り返る

シンセサイザーアーティスト・冨田勲さん逝去

「ジャングル大帝」や「リボンの騎士」、「名犬ラッシー」

NHKの「おかあさんといっしょ」「今日の料理」

そして、数多くのNHK大河ドラマの音楽を手がけるなど、

その経歴はイコール

「TV音楽史」

といっても過言ではない存在、それが

冨田勲さん

だったように思います。

 

慢性心不全のため家族に看取られながら息を引き取られました。

享年は84歳

 

世界的にも有名な富田さんですが、

現在の「映像媒体と音楽」の関係性を築いた方と言っても良い位、その功績は計り知れません。

富田さんの経歴をまずはご覧ください。

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富田さんの経歴と功績・世界のTOMITA

 

冨田勲

1932年4月22日生まれ 享年84歳

1950年代、慶應義塾大学文学部在学中に作曲家として活動を始め、
NHKや民放における数々のテレビ番組、また映画や虫プロダクション関連のアニメーションなど多くの作品で音楽を担当した。
特に大河ドラマやNHK番組、虫プロアニメの主題曲、BGMは、
繰り返し単独やオムニバスでレコードやCDが発売されて今なお愛され続けている。
これらの多くではまだ電子音はほとんど取り入れられていないが、
メロディ作りにもアコースティックのオーケストレーションにも才能を発揮し、
各社のオファーは絶えなかった。

初期のころにおいては、作曲家として活動する一方、
従来のオーケストラという演奏形態に飽きたらず、
新たに出現してきた電子機器と古典的な楽器を融合させるなど、
様々な音楽の可能性を追求した。
その後1969年にモーグ・シンセサイザーと出会ったことが転機となり、これ以降は古典的名曲をシンセサイザーによって現代的な解釈を加えて発表するという活動が中心となった。
「イサオ・トミタ」の名は、広く世界に知られている。

出典:music.geocities.jp 引用:Wikipedia

 

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シンセサイザーを日本で初めて「個人として輸入」し、

古典音楽にシンセサイザーを使用して

「新たな解釈」で地平を広げた「シンセサイザーの父」

それが富田さんなんです。

その後の1974年、シンセサイザー音楽作品としてのデビュー・アルバム『月の光』を制作しますが、

ジャンルが不明で棚におけない

という理由で日本では相手にしてもらえず、

アメリカRCAレコードに持ち込み、契約に成功

「Snowflakes are dancing」をリリースしたところ、

ビルボード全米クラシカル・チャートで第2位にランキング

されます!

 

当時の日本発の音楽としては正に快挙で、

かの「坂本九」さんの「上を向いて歩こう(米題・SUKIYAKI)」に続くランキングでした。※SUKIYAKIは1位

このことから、世界的にも名前が知れ渡り

世界の「TOMITA」

と言われるようになりました。

今でこそ、インターネットの普及にともなうマーケットの国際化で、音楽に国境は存在しませんが、1970年代当時に「シンセサイザー」という世界的にもまだまだ認知度の低い「電子楽器」を使用して高い評価を獲得した事は、まさに偉業といって良いのではないでしょうか?

 

どんな作品に参加してる?

シンセサイザー楽曲以前には、

ジャングル大帝・リボンの騎士・どろろ

などの「手塚治虫作品」に多く携わっています。

「柳生十兵衛・大忠臣蔵」等の時代劇、

そしてNHKの大河ドラマを数多く手がけています。

 

その後のシンセサイザーを使用しての楽曲は

NHKニュース・今日の料理などなど

 

そして最近ではなんと

初音ミクとコラボレーション

しています!

 

既成概念や古典の凝り固まった主義にとらわれることなく、

柔軟に様々なテクノロジーを取り入れていくその姿勢は、

革新者

という言葉がピッタリなように感じます

まとめ

いまでこそシンセサイザーは一般的に使われる電子楽器ではありますが、富田さんのような先駆者が開拓した「新しい音楽」であるということを噛み締めて、富田さんの曲を改めて聞いてます。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

 

 

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